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国際学会巡り
2019年6月 香港(中国)
香港理工大学で開かれた16th International Pragmatics Conferenceで発表しました。初日の夕方に中庭で行われたレショプションパーティーに欠席するほど、気温が高く蒸し暑い6月の香港でした。小さなホテルの部屋の窓からはザハ・ハディドが設計した香港理工大学のシンボル的なイノベーションタワーが見渡せました。発表前日の夜になっても発表内容がまとまらずイライラしていましたが、ロビーに常時置いてあるコーヒーに何度も助けられ、気がつけば、ロビーでコーヒーを片手にスライドを作っていました。発表の前日には6月12日の民主化のデモに遭遇し、心が痛くなりました。
2018年11月 オールバニ (アメリカ)
ニューヨーク州立大学オールバニ校で開かれた 4th International American Pragmatics Conferenceで発表しました。様々な会議が立て込んでいたため、最後まで発表をキャンセルしようかと思いましたが、覚悟を決めて出発しました。JFKまでの12時間は、スライドと発表原稿の修正のため、ほとんど無睡。晩秋のオールバニはすでに寒く、3日間ずっと雨でした。会場ではボストン大学のBruce Fraser博士と再会し質問までいただきました。慌ただしく発表と海外渡航の準備をする体力が残っている自分にまだまだ若さを感じると同時に、発表中に緊張することがなくなった自分に歳も感じます。
2017年7月 ベルファスト (北アイルランド)
北アイルランドのベルファストで開かれた 15th International Pragmatics Conferenceで発表をしました。最終日に自身の発表がプログラムされたため、6日間気をぬくことができない滞在となりました。発表前日にデータの細かな誤りに気づき、ホテルで慌てて修正することに。向かいのパブの客の騒ぎ声でようやく寝つけたのは深夜3時過ぎ。寝不足とリハーサルなしの久々に味わった地獄でしたが、何事もなかったかのように不思議と終わるものです。ギフトショップで何気なく出会った作家ビヴィアン・グリーンの “Life is about learning how to dance in the rain”という言葉に救われました。
2015年7月 アントワープ(ベルギー)
14th International Pragmatics Conferenceで発表するため、Antwerpを訪れました。 夏とはいえ前半は寒い一週間でした。到着するやいなや携帯電話の窃盗にあい、学会やホテルの場所を調べる手段をなくし焦りました。Antwerpは整然とした街で、世界一美しいと言われる中央駅を毎日眺めながらAntwerp大学へ徒歩で通いました。研究者は学生の感覚も常に持ち合わせます。国際学会発表がちょうど10回目ということで、この10年の苦労と失敗、人や街との出会いなどを振り返る旅でもありました。帰国後、Brusselsでのテロ事件の報道で心を痛めたのは言うまでもありません。
2014年10月 ロサンジェルス(アメリカ)
ULCAで開催された2nd American Pragmaticsに出席するため、25年ぶりにアメリカを訪れました。当時と比べるとアメリカに対する見方も少し変わりましたが、ヨーロッパとの語用論研究の違いを垣間みることができた3日間でした。Bruce Fraser博士の談話標識の組み合わせに関するレクチャーは興味あるものでした。ちょうど談話標識について執筆中でしたので、Fraser博士との私信や参考文献の内容を執筆に生かすことができました。ホテルの前にはBeverly Hills警察署、少し歩くとBeverly Hills高校。まさに「ビバリーヒルズ・コップ」「ビバリーヒルズ青春白書」の世界でした。
2014年5月 ヴァレッタ(マルタ共和国)
Malta大学で開かれた6th Intercultural Pragmatics and Communication Conferenceで発表をしました。なじみのない国では、到着後パスポートコントロールへ向かいながら、なぜこの国に来たのだろう(もちろん学会発表ですが)と思うことがあります。会場のVallettaキャンパスへは、ホテルがあるSliemaからフェリーに5分ほど乗り、急な坂道を15分ほど歩きました。夕陽に輝く世界遺産の要塞都市Vallettaの情景は今でも目に焼き付いています。この渡航では、教務委員の徹夜の仕事にも関わらず、飛行機に乗り遅れるという失敗をしてしまいました。JALの神対応には今でも感謝しています。
2013年9月 ニュー・デリー(インド)
New DelhiのIndia Habitat Centreで開かれた13th International Pragmatics Conferenceで発表しました。街を少し歩いても日本人はお客さまとばかりに話しかけられたり、リクシャーやタクシーを勧められたりします。出発前に予防接種する時間がありませんでしたので「生野菜、フルーツ、水、犬はNG」と呪文を唱えるように一週間を過ごしましたが、運悪く発表の前日にホテルのレモネードの氷にやられました。身体を動かすためにいつもは散歩やジョギングをするのですが、ヨーロッパのように街に自然にとけ込むことができなかったのが残念でした。
2012年9月 パリ(フランス)
パリ第7大学(パリ・ディドロ)(Université Paris-Diderot (Paris 7))で開催されたSemDial 2012: 16th Workshop on the Semantics and Pragmatics of Dialogueに出席しました。François RecanatiのReferential Coordination through Mental Filesというレクチャーで始まったこのワークショップは、コミュニケーションの認知的研究、言語習得、ヒトとロボットのインターフェイスなど、多岐にわたるおもしろいものでした。国際的な学会やワークショップに参加すると、日本国内では知り得ない研究の潮流のようなものを肌で感じることが出来ます。
2011年7月 マンチェスター(イギリス)
12th International Pragmatics Conferenceで発表するためになんと初めてイギリスを訪れました。会場のManchester大学に近いホテルに泊まりましたが、学会の2日目から体調が悪くなり、ホテルから大学までタクシーで移動することになりました。7月の2週目は授業の最終週も近づき、前期試験の準備も始まります。その中で発表の準備を含めて、ホテルや飛行機の手配、前倒しの補講や荷造りと慌ただしく時間が過ぎ、機内で一息つくようなありさまで、疲れが溜まっていたのでしょう。思ったよりも自分はグルメではないのか、イギリスの食事には何の文句もありませんでした。
2010年9月 ブロア(アルバニア)
真夏なのに寒い北欧のOsloから真夏だから暑いAlbaniaのVloreへヨーロッパを縦断。夜遅くTirana Rinas空港(別名マザー・テレサ空港)へ到着し、各国からの研究者と深夜0時頃まで大学のバスを待ち、ホテル到着は午前4時。「言われていること」と「言われていないこと」というテーマでの国際学会The Said and the Unsaid: First International Conference on Language, Literature and Cultural Studiesで発表しました。ヨーロッパ最後の秘境だけあって、信号やバス停、横断歩道は見当たらず、国際学会でなければ訪れなかっただろうと思うと、初めてのチェアも含めて貴重な経験でした。
2010年9月 オスロ(ノルウェー)
Oslo 大学のCSMN (Centre for the Study of Mind in Nature)で開催されたWorkshop on Word Meaningに参加しました。Deirdre Wilson、Robyn Carston、Ruth Kempsonなど颯爽たる研究者のレクチャーを聴くことができました(Kempson博士のDirect Syntaxにはなかなかついて行けませんでしたが)。このワークショップの直後にAlbaniaでの発表を控えていましたので、Wilson博士を捕まえていきなり質問するという暴挙に(汗)。それまで何度かお会いしていたためか、とても丁寧にお答えいただき感謝しました。美しく静かで空気も綺麗なOsloは世界で一番好きな街となりました。
2009年10月 マドリッド(スペイン)
UNED (The Universidad Nacional de Education a Distancia)で開催されたProcedural Meaning: Problems and Perspectivesという関連性理論の手続き的意味のシンポジウムに出席しました。時間通りに発表が始まらないといったスペイン時間なるものを感じました。談話標識butはcontrastという概念をコード化していると主張するBruce Fraser博士とRT研究者の論争は活気がありました。内田聖二先生に偶然お会いして初めて食事をご一緒させていただいたり、ソフィア王妃芸術センターでピカソの「ゲルニカ」を見れたことなど、予定外のこともありました。
2009年7月 メルボルン(オーストラリア)
11th International Pragmatics Conferenceの開催地は真冬のAustraliaのMelbourneでした。この学会からパワーポイントを使って発表するようになりましたが、機内での原稿とパワーポイントの修正もおぼつかないままMelbourne大学へ向かいました。コーヒーブレイクの時に聞いた武内道子先生の「語用論のためには何でもやる(貢献する)」という言葉は忘れられません。水曜日の午後は学会自体はオフになりますので、オプションのツアーなどが組まれます。瀬楽亨君とのGreat Ocean Roadへのバス旅で、研究やプライベートのことなどゆっくり話す時間がもてました。
2007年7月 ヨーテボリ(スウェーデン)
北欧で初めて開かれた10th International Pragmatics Conferenceで発表をしました。Arlanda空港から最初に向かったStockholm市内はあいにくの雨。デパートに入り初めに目についた「無印良品」で鉛筆を買いました。北欧のポップな色やデザインに対してモノトーンの機能的なデザインが受け入れられているのを知り誇らしく感じました。StockholmからGöteborg(英語表記Gothenburg)までは鉄道で3時間半。Göteborgには愛車ボルボの本社がありますが、時間がなくて見れずに残念でした。発表準備に不安があったせいか、会場でのランチもろくに喉に通らないほど緊張した学会でした。
2006年 5月 ウッジ(ポーランド)
風邪をひき、前日の点滴の後、38度の発熱のまま出国。トランジットのCharles de Gaulle空港では、カフェやショッピングを楽しむ元気もなく、空港内のベンチでぐったりでした。Lodz大学で行なわれたNew Developments in Linguistic Pragmatics, 3rd Lodz Symposiumでの初日のレセプションで西山佑司先生と初めてゆっくりお話しする機会がありました。学会最終日のレクチャーでは、熱も下がり何とか発表ができました。建物の色や形、空の色、食べ物の味など、東欧の独特の雰囲気には最後まで違和感がありましたが、街の人は意外と気さくでした。
2005年7月 リバ・デル・ガルダ(イタリア)
ミラノから列車で北へ2時間半、静かで美しい街Riva del Gardaで9th International Pragmatics Conferenceは行なわれました。本格的な国際学会での発表デビューのため緊張の連続の一週間。幸運にも、チェアであるElizabeth Traugott博士から質問をいただき、レクチャー後もお話ができました。発表を反省しながら会場のFierecongressi前のベンチでしばらくガルダ湖を眺めていたのは苦い思い出です。研究室の絵は、この街で知り合った高齢の絵描きさんから毎年送られた小さな油絵を額装したものです。何事も初めてのことには勇気がいりますが、参加してよかったと思いました。
映画のお話
映画を観る時、真理めいたものを台詞から見つけようと、ついメモをとる癖がついてしましました。人生や幸福について語られている台詞にはとくに敏感かもしれません。いくつか紹介しますので、どのようなコンテクストで用いられ、どういう意味に解釈できるか、映画を観て考えて下さい。
- “If you really feel you should do this, then you should do it.” (Field of Dreams「フィールド・オブ・ドリームス」1989)
- “When primal forces of nature tell you to do something, the prudent thing is not quibble over details.” (Field of Dreams「フィールド・オブ・ドリームス」1989)
- “Each man’s life touches so many other lives.” (It’s a Wonderful Life!「素晴らしき哉、人生」1946)
- “Life marches by.” (On Golden Pond「黄昏」1981)
- “Faith is believing in things when common sense tells you not to.” (Miracle on 34th Street「34丁目の奇蹟」1947)
- “People do fall in love and people do belong to each other. Because that’s the only chance anybody’s got for real happiness.” (Breakfast at Tiffany’s「ティファニーで朝食を」1961)
- “You the people have the power to make life free and beautiful, to make this life a wonderful adventure.” (The Great Dictator「独裁者」1940)
- “The enemy is in us. (Platoon「プラトゥーン」1986)
- “Life is a box of chocolates. You never know what you’re gonna get.” (Forrest Gump「フォレスト・ガンプ」1994)
- “How lucky people are when they find what’s break for them!” (A Room with a View「眺めのいい部屋」1986)
- “I made a connection.” (Rain Man「レイン・マン」1988)
- “Mercy. The concept of a society is based on the quality of that mercy.” (Midnight Express「ミッドナイト・エクスプレス」1978)
- “You just have to accept people for what they are, and I learned the greatest gift of all. ‘The saddest thing in life is wasted talent, and the choice that you make will shape your life forever.’ ” (A Bronx Tale「ブロンクス物語」1993)
- “You can make of yourself anything you want. It’s up to you. A man has a choice.” (East of Eden「エデンの東」1955)
- “You can’t run from the wind.” (White Squall「白い嵐」1996)
- “Only one is a wanderer. Two together are going somewhere.” (Vertigo「めまい」1958)
- “You can go anywhere if you want.” (What’s Eating Gilbert Grape「ギルバート・グレイプ」1993)
- “What do you want from life? To live?” (The Red Shoes「赤い靴」1948)
- “Get busy in living or get busy in dying?” (The Shawshank Redemption「ショーシャンクの空に」1994)
- “My will has chosen life.” (The Piano「ピアノ・レッスン」1993)
- “Help me to make the right decision.” (Born on the Fourth of July「7月4日に生まれて」1989)
- “It is true we can seldom help those closest to us. Either we don’t know what part of ourselves to give, or more often than not, the part we have to give is not wanted.” (A River Runs Through It「リバー・ランズ・スルー・イット」1992)
映画の中の名台詞は以下のサイトを
http://www.filmsite.org/greatfilmquotes.html
音楽のお話
勇気をもらったり、哀しみを癒してくれたり、語られる真理で冷静になれたり、音楽は日常生活には欠かせないものです。音楽の感動は、心地よいメロディーの波に浮かぶコトバのインパクトにより生まれます。制作者にとって、ジャンル分けは意図していないことでしょう。音楽は、聴き手の解釈によりいろいろな形で成立する不思議さがあります。だからこそ、ながらではなく、きちんと丁寧に聴いてほしいと思います。
LIFE
多くの人がまず最初に挙げるのは、The Beatlesの “In My Life” (Rubber Soul 1965)でしょう。私自身、人生の終焉期に感じるであろう境地をまだ本当の意味で理解できてはいませんが、この詞を書いたJohnが25歳くらいだったとは驚きです。Joni Mitchellの “The Circle Game” (Ladies of the Canyon 1970)は、小さな男の子が20歳へと成長する過程を通して、人生がもつ時間の可逆性という現実を淡々と語ります。Stevie Wonderの “Stay Gold” (1983)も同じテーマかもしれません。人生において輝かしい時間がほんの一瞬であることを知っているからこそ、ひとはgoldであろうと思うのでしょう。Blackの “Wonderful Life” (Wonderful Life 1987)を聴くと、自分に与えられた孤独な現実をwonderfulとよぶシニカルさが人生の本当の姿なのかもしれないと思ってしまいます。これらは、人生の本質を的確に歌詞にしているように思えます。人生の応援歌もあります。Rod Stewartの“Forever Young” (Out of Order 1988)は、大人がこれからの若者へ贈るエールだと感じます。Simon and Garfunkelの “Flowers Never Bend with the Rainfall” (Parsey, Sage, Rosemary and Thyme 1966)は、学生の頃いつも私を励ましてくれた曲です。たとえ失望や挫折を経験しても、雨に負けない花のように、人生は終わらないよと語りかけてくれました。物事には必ず美しい面と醜い面があり、美しい面だけ見ても物事の本質を正しく理解することはできません。世の中には自分とは異なる価値観や境遇を抱えた人がたくさんいます。Phil Collinsの “Both Sides of the Story” (Both Sides 1993)はそんな基本的なことを教えてくれます。
LOVE
まず頭に浮かぶのは、Rod Stewartの “Have I Told You Lately” (Vagabond Heart 1991)です。Rod自身が妻に感謝の気持ちを捧げた曲だと言われています。アンプラグド・バージョンでも聴いてみて下さい。Eric Claptonの “Wonderful Tonight” (Slowhand 1977)は、パーティーに出かけるカップルの互いを思いやるストーリーが美しい曲です。Paul McCartney の “Young Boy” (Flaming Pie 1997)は、男の子に恋は探すものだと教え、Sade の “It’s Only Love That Gets You Through” (Lovers Rock 2000)では、何も飾らなくてもあなたはそのままで豊かだと、女性に語りかけます。Carole King の “You’ve Got a Friend” (Tapestry 1971)のように、固い友情で結ばれた二人の間にも大きな愛を感じることができるでしょう。亡き父Nat King ColeとデュエットするNatalie Coleの “Unforgettable” (Unforgettable with Love 1991)は、クラシカルではありますが、普遍的なラブソングです。個人的には、Babyface の “Every Time I Close My Eyes” (The Day 1996)が好きです。自信や勇気を与えてくれる曲もたくさんあります。Bette Midlerの “Rose” (The Rose, The Original Soundtrack Recording 1980)はあまりにも有名な曲ですが、寒い冬を越えてバラの花が開くように、誰でもいつかは愛されるようになると教えてくれます。Cyndi Lauperの “True Colors” (True Colors 1986)では、誰にでも美しい個性が備わっていると優しく語りかけてくれます。 “Greatest Love of All” (Whitney Houston 1985)では、子供の頃から自尊心の大切さを学ぶべきだと。自分のありのままを愛することは、生きていくためには究極的に必要なことです。
PEACE
平和の重要性を教えてくれる曲はとても尊いと思います。平和への願いや誓いはわれわれの想像力の中にこそ生まれます。人を傷つけたり、人の生きる権利を侵害したりすべきではないということは、相手が自分であれば、またそれを行った場合にどのようなことが生じるかを想像すれば簡単にわかります。John Lennonの “Imagine” (Imagine 1971)は、毎年12月8日を迎えるたびに、静かに力強くそのメッセージを伝えてくれます。Michael Jacksonの曲の中では、 “Man in the Mirror” (Bad 1987)と “Heal the World” (Dangerous 1991)が頭に浮かびます。世界をよくするためには、鏡に自分の姿を映してみて、今の自分がどうあるのかを客観的に見つめる必要があります。自分が変わらないと世界も変わることはありません。後者は、地球を癒すためには国境を越えて人々が力を合わせることが必要だと教えてくれます。Bette Midlerの “From the Distance” (Some People’s Lives 1990)の歌詞はユニークです。空から眺めたら地球はどう見えるのでしょうか。”God is watching us from the distance”という繰り返されるフレーズに、誰しもはっとするでしょう。Tracy Chapmanは大好きなミュージシャンです。集団の中にいるのに個人は孤独、飽食の時代に飢えている子供、アメリカのミサイルの名はPeace Keeper、そんなこの世の矛盾を “Why?” (Tracy Chapman 1988)は訴えます。子供たちは未来の象徴です。次世代の子供たちに平和な世界を贈ることが大人の役割です。Gloria Estefanの “Nayib’s Song” (Into the Light 1991)は、母から息子のNayibへ、どんな時も希望を失わないでと願う曲です。ピアノの白と黒の鍵盤を人種に例えた“Ebony and Ivory” (Paul McCartney & Stevie Wonder 1982)は豪華なデュエット・ソングです。
SOCIAL PROBLEM
英語の場合、社会問題をテーマに歌詞にしても違和感がそれほどないのはなぜかといつも不思議に思います。Janet Jacksonの “State of the World” (Rhythm Nation 1814 1989)は、今では世界の問題である貧困、10代の妊娠、児童虐待などがテーマです。ホームレス問題をテーマにしたものに、Phil Collinsの “Another Day in Paradise” (
…Bad Seriously 1989)があります。ホームレスの女性と通りすがりの男性のやりとりを通して、彼女を救うために何ができるかと問いかけます。Suzanne Vegaの “Luka” (Solitude Standing 1987)は、両親による監禁というかたちの児童虐待、ア・カペラで歌うTracy Chapman の“Behind the Wall” (Tracy Chapman 1988) ではDVとそれに怯える子供の姿を描いています。Madonnaの“Papa Don’t Preach” (True Blue 1986) は未婚での出産の決意が歌詞となっています。環境破壊への警告は、Chris Reaの“The Road to Hell (Part 2)” (The Road to Hell 1989)やMarvin Gayeの “What’s Going On” (What’s Going On 1971)から読み取ることができます。
NATURE
聞いていて一番ほっとするのが、自然を描いた曲でしょう。Louis Armstrongの“What a Wonderful World” (What a Wonderful World 1968)やJohn Denver の “Sunshine on my Shoulders” (1973)は、あまりにも有名な曲です。Dan Fogelberg の “Longer” (Phoenix 1979)はラブソングですが、自然の壮大さや美しさと愛する人への愛が比較されています。Sting の “Fields of Gold” (Ten Summoner’s Tale 1993)は、金色の野原で再会を約束した二人の永遠の愛が寓話的に描かれているロマンティックな曲です。Enyaの “Flora’s Secret” (A Day without Rain 2000)も心を穏やかにしてくれます。自然から無常観を学ぶこともあるでしょう。「この世のすべては風の中に舞う塵のようだ」とは言い得て妙。Kansas の “Dust in the Wind” (Point of Know Return 1977)は、そんなちょっと寂しくも妙に真実味のある曲です。
RAIN
雨はいろいろなメタファーとして用いられます。The Everly Brothers の “Crying in the Rain” (1962)やThe Cascards “The Rhythm of the Rain” (1962)、J.D. Souther の“Go Ahead and Rain” (Home by Dawn 1984)の雨は、哀しみを洗い流してくれる優しい雨でしょう。Neil Sedaka の “Laugher in the Rain” (Sedaka’s Back 1974)では、雨の中で聞こえてくる恋人たちの笑い声に、幸せな気分になります。「雨が降っても晴れても、それは気持ちの問題だ」と歌うThe Beatles の“Rain” (1966)は、「うまくいっても、うまくいかなくても、気持ち次第で乗り切れる」と言っているように聴こえます。CCR の“Who’ll Stop the Rain?” (Cosmo’s Factory 1970) や“Have You Ever Seen the Rain?” (Mardi Gras 1972)の中の雨は、空から降ってくるナパーム弾の比喩だと言われています。ベトナム戦争の時代にアメリカで制作された曲には、こうした反戦のメッセージが隠れています。
CHRISTMAS
クリスマスの曲もたくさんあります。Nat King Cole の“The Christmas Song” (1946)はクリスマスの定盤です。ステレオタイプなクリスマスの情景として、団欒の様子が目に浮かびます。 “Do They Know It’s Christmas?” (1984)は、エチオピアの飢餓救済を目的に結成されたBand Aidが歌っています。歌詞に一部問題があると言われていますが、それだけメッセージ性が強いチャリティー曲です。私が個人的に一番好きなクリスマス・ソングは、Dan Fogelbergの“Same Old Lang Syne” (The Innocent Age 1981)です。昔の恋人同士が、クリスマスの夜に食料品店で偶然再会し、何十年も歳月を経て言葉を交わします。さよならを言ってそれぞれの生活へ戻っていくまでの短い時間の心の動きは、まるで映画のワンシーンを見ているように歌詞の世界へ引き込まれてしまいます。大人のinnocenceという感覚も何となく実感できる年齢になりました。
日本各地でピアノライブ活動中の深水郁さん (教育学部卒業) のOfficial Site
http://fukamiaya.jimdo.com
お芝居のお話
演劇部の顧問をさせていただいており、年数回の公演にはできる限り足を運ぶようにしています。顧問を引き受けて最初に見た定演が自分の好みに合致したためか、それ以来学生もなかなかやるものだと感心しています。皮肉なことに、舞台では日頃の授業で見ることのできない学生の姿に出会うことができます。
大学院生の頃、5月の連休に東京へ芝居を見に行ったのが演劇鑑賞の始まりでした。新宿を拠点に、テント芝居から大きな劇場まで、いろいろと見ました。最初に出かけたのが、俳優座劇場。黒色テントの芝居で、齊藤晴彦さんがオベラを歌っていました。初めての体験でしたので、これが演劇なのかと感激したことを覚えています。
1999年に世田谷パブリックシアターで観た「パンドラの鐘」は今でも一番印象に残る芝居です。野田秀樹さんの脚本をご自身と蜷川幸雄さんが演出し同時期に上演。この2つの同名の芝居をめぐって世田谷と渋谷は大騒ぎでした。私が観たのは野田版のほう。天海祐希さん扮するヒメ女と堤真一さん扮する王女を葬る葬式人ミズヲの恋愛劇。舞台一面に敷き詰められた紙を破って役者たちが現れるというオープニング。舞台中央にはどこから運んできたのだろうと思うくらいの大きな鐘。鐘の中で息絶えていく王女にミズヲが話しかけ続けるクライマックスには涙しました。舞台の雰囲気がどこか幻想的・宇宙的なために、芝居の設定が毎回掴みにくいのですが、それでも観客を引きつけたままストーリーは展開していきます。舞台のセンス、役者のエネルギーとことばのインパクトによりテーマが意図的に隠されているかのようです。真のテーマに辿り着くのは、いつも芝居が終わりに近づく頃。絡まった糸をゆっくりと解くように、そこが原爆投下の長崎の街であり、ミズヲという名は「水をくれ」という死にゆく者達の叫びを表し、20世紀の最後に戦争をテーマに持ち出されたことに気づきます。
「映画は記録で、演劇は記憶だ」と言った人がいたように思います。同じ芝居を二度と観ることはできない(芝居はビデオで観るものではないと思います)。記憶の中でしか残らないからこそ、芝居は面白い。まるで、人生のすべての体験が瞬時に過去となり、再生が不可能であるのと同じ。何が起ころうと、ただ前を向いて歩いていくという課題があるのみです。
九州大学演劇部facebook
https://ja-jp.facebook.com/kyuen.f
高山力造君 (文学部卒業) が主宰する劇団「Village80%」のOfficial Site
http://mura8.net